予防と健康管理ブロック・レポート

       

.はじめに

 生理学的には、個体生存の基本原則はホメオスタシスにある。視床下部は、下垂体を介して内分泌系を、下位脳幹を介して自律神経系や体性神経系を制御しており、とくに自律神経系ではhead ganglionとして全内臓の調節に関与して、生体のホメオスタシス維持に重要な役割を果たしている。一方、様々なストレッサーは、ホメオスタシスを乱す外乱として位置づけることが可能であり、視床下部は、ストレッサーに対する生体の反応(ストレス反応)形成に中心的な役割を果たしている。

 

 精神的葛藤や行動様式が体の状態に影響を与えて病気を作り、逆に体の状態が心の動きに影響をおよぼすことを心身相関とよぶ。心身医学の基本的テーマである心身相関の現象や病人に対する全体的な捉え方は、すでに古代ギリシャの医学者、哲学者たちが唱えていた。また、東洋医学は、本来、心身一如の立場から、全体的、総合的に病気をみていこうとする姿勢を持っている。その後、現代科学の発達とともに、一時期はすべての病気を器質的な身体病変からのみ説明しようとした時期もあったが、今はまた臨床医学の原点に立ち戻って、心身両面からの統合的な病状の理解と、病気よりも病人を中心とした全人的医療のあり方を目指す心身医学への展開をみせている。

.選んだキーワード

ストレス・自律神経経路

.選んだ論文の内容の概略

@ストレス反応の身体表出における大脳辺縁系―視床下部の役割

 脳は、生体の恒常性を維持するため、視床下部を介して生体の内部環境を常に調節している。一方、ストレッサー(ストレス)は生体の恒常性(内部環境の恒常性)を乱す外乱であり、ストレッサーが生体に負荷されると最終的にその情報が視床下部に伝達され、視床下部は恒常性を回復するため自律神経系、内分泌系、および体性神経系を介してストレス反応を形成する。これらのストレッサーのうち、空気中の酸素分圧低下や出血による血圧低下など、生体の内部環境に直接影響を与えるストレッサー(身体的ストレッサー)は、下位脳幹を介して直接視床下部に情報が伝達される。一方、それ自体は内部環境に直接的な影響を与えないが将来的には影響があることを予告するストレッサー(高次処理依存的ストレッサー:猛獣の姿などの感覚情報)は、まず大脳皮質や視床で処理され、さらにその情報が大脳辺縁系に伝達される。大脳辺縁系、とくに扁桃体は、これら感覚情報が自己の生存(恒常性維持)にとって有益か有害化を評価する生物学的価値評価に中心的な役割を果たし、その結果を視床下部に送っている。有益および有害な価値評価はそれぞれ快および不快情動を発現することから、情動は生物学的価値評価とほぼ同義であり、生存のための適応システムであると考えられる。視床下部には、ストレス反応を含めて生存のための様々な情動ならびに本能行動表出プログラムが存在し、視床下部に大脳辺縁系からの指令が伝達されると生存のための特定のプログラムが遂行されると考えられる。この論文では、サル扁桃体における生物学的価値評価ニューロンの高次処理依存的ストレッサーに対する応答性やラット視床下部における本能行動表出ニューロンの身体的ストレッサーに対する応答性について紹介されているので詳細を示す。

 サルの扁桃体を含む両側の側頭葉を破壊すると、精神盲、口唇傾向、性行動の亢進、情動反応の低下などの症状を呈するKluver-Bucy症候群が起こる。これらKluver-Bucy症候群では、物体や顔(個人)の識別など基本的な知覚・認知や運動機能は障害されない。しかし、扁桃体を損傷された動物およびヒトは、生物学的価値評価に基づいた情動発現が障害され、過去の記憶に基づき、自己に利益をもたらす可能性のあるものに対しては快情動を、逆に、不利益をもたらす可能性のあるものに対しては不快情動を発動することができない。このような生物学的価値評価に基づく行動は、ハエからヒトまで多くの動物に共通に認められる。これらのことから、情動発現は生物が進化した過程で獲得した生存のための適応反応であり、実際の身体的ストレッサーが来る前に、前もってストレス反応を導くシステムとして捉えることができる。

 扁桃体の電気刺激により視床下部性情動反応によく似た情動反応を起こすことができる。これらのことからKluver-Bucy症候群は、扁桃体―視床下部を中心とした感覚情報処理経路における離断症候群として捉えることができる。すなわち、Kluver-Bucy症候群は、扁桃体への各種感覚入力、あるいは扁桃体から視床下部―脳幹系への出力のいずれかが遮断されたときに起こる。たとえば、扁桃体への特定の感覚経路を破壊(遮断)すれば、感覚刺激の生物学的価値評価の障害はその感覚種だけに限定され、破壊が扁桃体を含めてそれ以後の出力経路に及ぶとすべての感覚種に対する生物学的価値評価に基づく情動行動(反応)の障害が現れる。

 以上の扁桃体の機能をニューロンレベルで調べるため、報酬獲得行動や嫌悪刺激回避行動を行っているサルやラットの脳から扁桃体ニューロンを記録し、食物やヘビなど、あるいは食物やジュースと連合した(意味する)種々の物体や音などの感覚刺激に対する応答性を解析した結果、サル扁桃体では、記録したニューロンの約1/4が生物学的価値を有する様々な物体に識別的に応答することが明らかになった。このニューロンは生物学的に意味のある対象物が接近あるいは後退することによる対象物の価値評価の変化に基づいて活動が変化すると考えられる。そのため、Kluver-Bucy症候群のサルが危険な敵に容易に近づいていく、あるいは扁桃体損傷を有する患者が、健常人であれば回避行動をとる危険人物に対して逆に好意や信頼性を抱くのは、このような価値評価ニューロンが扁桃体損傷により消失したからであると考えられる。ちなみに顔表情選択応答ニューロンも、顔表情からその人物に対する“近づき易さ”を評定している(生物学的価値評価)可能性が示唆されている。

 近年、健常者に不快な写真を見せたり、悲しい出来事を回想させて実際に情動を誘発させると、扁桃体で脳血流が増加することが報告されている。さらに、これらの刺激に対して、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の患者では扁桃体の脳血流の増加が健常者より著しく、逆に分裂病患者では健常者より血流増加が少ないことも報告されている。これらのことから、生物学的価値評価に関しては、ヒトも動物も扁桃体は共通の機能を担っており、これら扁桃体における不快情動系の異常な活動により、様々な精神身体的障害が現れると推測されている

 

A「心身相関」について

 もともと心の座は大脳にあり、情動の中枢とよばれる大脳辺縁系は自律神経系や内分泌系の中枢である視床下部と密接に連絡しており、これらの系を介して内臓緒器官のコントロールを行っている。一方、脳と内臓緒器官、免疫系の間には自律神経系、内分泌系のほか神経ペプチドやサイトカインなどを介した共通の情報伝達系が存在して、相互に影響を及ぼしている。また、これらに加えて人間の行動を規定し、quality of life (QOL)に影響するものとしては、本人の性格傾向や遺伝的素因とともに、その個人を取り巻く時代的背景、社会的因子も重要である。そしてこれらを統合したbio-psycho-socio-ethical approachが心身医学、全人的医療のあるべき姿である。

 情動の表出機構について、まず外界からの恐怖刺激は視覚、聴覚、嗅覚などの感覚刺激として扁桃体外側核に入力され、基底外側核、扁桃体中心核を経て、視床下部、脳幹を介して行動、自律神経、神経内分泌反応をひきおこす。

 不安の中枢としては海馬や中隔がその中心的役割を果たしていると示唆されている。不安は単に精神症状として現れるのではなく、交感神経優位の多彩な自律神経症状として、動悸、呼吸困難感、頻尿、振戦、発汗、下痢、嘔吐などの身体症状を示す。

 怒りの中枢機構においては、実験的に、視床下部腹内側核から中心灰白質を介して、怒りの情動反応としての威嚇行動がひきおこされると考えられている。

 情動反応における中脳中心灰白質の機能分担については、外側部の刺激が闘争・逃走系として行動を引き起こすのに対して、腹外側部の刺激は行動を抑制する。

 快感の神経機構は、脳内自己刺激の有効部位が中脳被蓋の腹外側部から視床下部外側野を縦に貫く内側前脳束を中心とする領域に存在する。また、梨状葉、扁桃体、海馬、中隔野、前脳前野の刺激も報酬効果がある。ドーパミンやオピオイドペプチドが報酬系に関与する伝達物質として候補に上げられている。

 ストレスの人体に及ぼす影響についてCannonの緊急反応とSelyeの全身適応症候群がよく知られている。緊急反応は急性のストレス時の交感神経系の反応であり、全身適応症候群は慢性のストレス時の生態の抵抗性の経時的変化である。Cannonは外部環境が変化しても、内部環境は一定に保たれている状態をホメオスターシスとよび、それがストレスによって乱される時の生体反応を緊急反応と名づけた。このような状況では交感神経系の緊張が関与し、アドレナリン、ノルアドレナリンが重要な役割を果たしている。Selyeは生体がストレスにさらされた時の経時的変化を警告反応期、抵抗期、疲弊期に分類した。生体にストレスが加わるとまず交感神経系の緊張が起こり、次に視床下部―下垂体―副腎皮質系の活性化によってグルココルチコイドの放出が起こる。以上のストレスに対して神経系、内分泌系、免疫系が生体の調節作用に加わっている。このように、生体はストレスに対して基本的には自律神経系、内分泌系、免疫系といった調節系によってホメオスターシスを維持しようとしている。これら3つは「ホメオスターシスの三角形」と称されている。これらは共通の情報伝達物質・受容体を介して密接に連絡し合い、相互対話を行っている。

 

        .考察

ヒトをはじめとする動物には、これまで述べてきたようにストレスに対し、脳を中心として様々な反応を示す機構が存在している。そしてその働きは思考や行動の変化となって現れる。逆の見方をすると、これらの変化を注意深く観察することによってその動物にどのようなストレスが与えられたのかがわかるはずである。よって精神的な問題を抱えている患者を治療するにあたって医療人たちは、病気と向き合うのではなく、まずはその患者と向き合うことが重要であると思われる。そうした上で様々なストレスが人体に与える影響を理解し、確実な治療を行っていかなければならない。

 

        .まとめ

 現代社会はストレス社会と呼ばれ、人間関係や仕事など多くの心理的ストレスに満ち溢れ、我々はその社会の中で生活している。結果として、精神的な問題は実際に人体にも影響を及ぼし、それが鬱病などの病気として現れ、さらには自殺に至るようなことも現代においては少なくない。現代人は体の健康に気をつけるだけではなく、加えて心と体のバランスも常に安定した形で保っていかなければならない。自分なりにストレスの対処法を考え、それを可能な限り実践していくことが大切である。